MY HERO'S INTERVIEW

GUEST プロフィール
柳生 博
1937年生まれ。茨城県出身。俳優・司会・タレント。作庭家。公益財団法人・日本野鳥の会会長。船員を目指し東京商船大学(現:東京海洋大学)に入学するも視力を落とし中退。その後俳優を志し劇団俳優座の養成所に入る。ドラマ・映画・舞台・バラエティ番組で活躍。NHK朝の連続テレビ小説「いちばん星」テレビ朝日「100万円クイズハンター」司会、NHK「生き物地球紀行」ほか多数。1989年山梨県北杜市大泉村にギャラリーレストラン、八ヶ岳倶楽部を開設。
著書「森と暮らす森に学ぶ」「八ヶ岳倶楽部II それからの森」「じいじの森」など。


今回は八ヶ岳倶楽部のパパさんこと柳生博さんをゲストにお迎えします。空、風、木々、花々、鳥、太陽、月、星。それに触れたくて訪れる八ヶ岳にはいつも穏やかな笑顔で出迎えてくれるパパさんがいます。どこかで「ただいま。」という気持ちになるここは私の一番大好きな場所。そして大好きなパパさんにアイデンティティを伺いました。ゆったりと丁寧にお話しくださるその声、優しさ、強さが胸に響きいつも涙が出てしまいます。心を浄化してくれる、そんな場所でありそこに存在するパパさんです。

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NO.1 アイデンティティは雑木林の手入れと野良仕事

立河:パパさん今日はよろしくお願いします。

柳生:よろしくお願いします。最初に僕のアイデンティティーを言っちゃっておこうか?

立河:いきなりですか?

柳生:そう。歳をとるとだんだんわかってくることでね、確実に「あ、そういうもんだ俺は」と思うのは、「雑木林の手入れかな。雑木林の手入れをしている自分。」例えば野鳥の会とか、俳優業も含め色々なところで仕事をしているよね。そんな中でふと気がつくと、あ、雑木林のあの枝を切ったほうがいいかな?あの花にもうちょっと光を当ててあげたほうがいいかな?今年の気候はどうかな?とか思ってる自分がいるんだよ。これは格好付けでもなんでもなくてね。どんどん歳を重ねていくごとに野良仕事が"生きる欲望"になってきてる気がする。(笑)

立河:雑木林の手入れが生きること?

柳生:野良仕事っていうのは雑木林に"手を入れる"ということなんだ。 止まらないよね。そういう感じって。例えば昨日からウグイスが鳴き始めたんだけど、そうするとよしよし、あそこの藪にいたのが出てきて今ラブコールを送ってるなとか。その生き物たちの真ん中にあるのが「雑木林」なんだよね。そこに自分も同一化してるんだ。ここを「俺が作った」とかそういうのは全然ないんだよね。不思議なことに、ここへ来てくれる人達からすごいものを作りましたねって言われるんだ。確かに雑木林ってもののきっかけや、この場所に木を植えたのは僕だけど、ここはいつしか勝手にできちゃったんだよ。(笑)ここで僕が一番やったのは何かと言うと、それは「手入れ」だね。どれをどう増やしてバランスをとるかということもね。

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立河:桜の木を切ったことも森のお手入れ。それが新たな生命を育む更新なんですね。

柳生:君がここへ来るとなんだか感動するというのはきっと、植物の息吹とかこの場所に"若々しさ"を感じるからなんだよ。それは実は人間が手を入れているからなんだよ。雑木林というのは放っておいたらウッソウとしちゃうんだ。ウッソウは「鬱蒼」。憂鬱な、陰鬱な感じ。そこへ手を入れる、ということは間伐をしたり、枝打ちをしたりする。そこへ木漏れ日が入ってくる。そうすると高い木、中位の木、小さな木、林床に生えている草までも光が入り、風が通るわけだよね。そうするとものすごく更新して若返っていくんだよね。だから日本の森というのは若々しいんですよ。

立河:うん。そうですね。"若々しい"です。今日は特に春の息吹を感じます。 パパさんがいつもノコギリを持って森にいるのは常にお手入れしてるからなんですね。

柳生:うん。しかし、その一方で産業林としてお金儲けのために、杉の木だけ、カラマツだけ、という人工林もある。その品種の需要がなくなると森は見放され手入れがされずに荒廃してしまうんだ。かつて日本人はそういうことをしなかったんだよ。

立河:そうですよね。人の愛情が注がれなくてそれこそかわいそうです。

柳生:そしてもう一つ、混交林というのがある。そこには天然の杉やヒノキなどいろんな木が交じり合って共存している。それが神社の御神木になってるんだ。僕は世界中を周って生き物やその文化に触れてきたけど、連綿としてこの日本人がもっている木や森に対する畏敬の念、"畏れ敬う"ものは日本人独特の文化だと感じてますね。それが僕の基本的な概念だね。

立河:パパさんは冒頭にアイデンティティは雑木林のお手入れとお話ししてくださいました。小さな頃から雑木林と関わっていらしたんですか?

柳生:うん。"里山"で物心がついた頃から野良仕事をしました。

立河:里山?

柳生:里山というのはね、雑木林、小川、田んぼ、集落のことを言うんだ。 うちは先祖代々、そういうものたちの管理人だったの。地主というのかな。18年〜20年かけて直径20センチほどに育った雑木林の木を1回切ると、その切り口に数本の芽が出て育ってくる。そして同じ年月がたった木をまた切って、それをエネルギーとしてエンドレスに使ってきたのが日本人の自然との付き合い方なんだ。里山というのはね全部人間が作ってきたものですから。

立河:そうなんですか?自然にできたものではないんですか?

柳生:そういうこと、知らないよなあ。(驚)雑木林というものも人間が作ったものですから。その頃石油も石炭も何もない時代にエネルギーというのは雑木林の木を切ってそれを蒔にして炭にして使う。落ち葉を集めて人糞などと混ぜて肥料を作って。小川は田畑のために湧き水を集めて段々畑や棚田を作る。その周辺には集落ができる。この4点セットが里山なんだ。人間が"手入れ"することで恵みがあり森はいつも若くいられる。我が家の家業はそういうものを管理したり、手入れをしたりする家系だった。だから僕の小さな頃というのは"野良仕事"全般、何でもやりました。野良仕事とは、"野が良くなる"と書くでしょ?

立河:確かに"のら"って野良ですよね!パパさんは野良仕事をした子供の頃どんな子だったんですか?

柳生:僕は小さい頃ね、グジュグジュした性格だったのよ。今はパキパキしているように見えるでしょ?本当は違うんだよ。(笑)どうしようかな、どうしようかなって思い悩んでいるとおじいちゃんにね、いつもとっても優しく叱られるの。「博、グジュグジュしていないで、野良仕事をやりなさい。」って。言われるままに草を刈ったり、土を掘ったりしていると気持ちがすっきりしてくるんだよね。野良仕事は僕が今まで生きてきたキャッチコピーみたいなものだね。(笑)

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立河:八ヶ岳に移住してきたのは理由があるんですか?

柳生:もう三十数年前になるね。年間700本くらいの番組をやっていてね、うちには帰れない、子供はいじめにあって頭から血を流して帰ってくる、カミさんを触ったこともないくらい(笑)忙しい。その時、家が壊れていく、溶けていくっていうのを感じて、どうしようどうしよう、役者をやめようかどうしようか、グジュグジュ考えてたんだ。でもやっと40歳近くになって売れたんだよ?やめるのもな・・・って。その時、おじいちゃんの「博、野良仕事をしなさい。」って優しい声が聞こえたんだ。で、よし、と決めて家族を連れてここへ移り住んだんだ。

立河:導かれたのかもしれませんね。

柳生:とくに子供はいじめられっこだったんだ。僕が俳優でいろんな役柄を演じるでしょ?その度にいじめられてた。だからこっちへ来て野良仕事を徹底的にやらせた。長男の真吾は小学4年生くらいから大きなエンジンのチェンソーを使って自由にやってた。中学に入ってからはユンボを使ってたからね。こうしてひたすら野良仕事をやっていたらたくましくなってね。野良仕事っていうのはとても大切な、むしろ、日本人のアイデンティティだと思うんだよ。野良仕事をしているおじいちゃん、おばあちゃん、小さな子供たちもね。こういうのが日本人の共通項じゃないかな。何か職人さんでも本業の傍ら必ず野良仕事をしながらそれをやってたわけでしょう。冬はものづくりをして、春には野良仕事をして。そうじゃなきゃ、こんなに穏やかな日本ってありえないでしょう?野良仕事をしている人たちというのはとても慎ましいんだ。お金でなんとかなると言う考えはないんだよ。飢餓で命を落とすこともない。それはみんなで食料を貯めているから。蔵をつかってね。原始共産制みたいなものがあるんだ。

立河:わかります。私の田舎は秋田で農業を営んでいます。それはまさに子供の頃見ていた祖父の姿や田舎の風景そのものです。こうして学ぶんですね。

柳生:雑木林があって小川があって田んぼがあってそれぞれの集落があって、そこから同じような生命、自然というものを学ぶんだ。 命…。それも話したいことはいっぱいあるんだけどね、昨年真吾が亡くなって気づいたことがある。悲しいというより不思議な感覚。これは森といる、森の持つ独特の感覚だと思うけど、ここになんだかいるような気がしない?真吾君が。たぶん都会じゃ違うと思うんだ。この森の中には「おー、真吾!」ってそこにいるんだよな!そういうのが里山や山の手入れと深く関わりあっているんだなと理解できる。つまりね、歳とともにわかってくるんだよ。

取材/文 タチカワ ノリコ
Photo 北杜 薫

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