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MY HERO’S INTERVIEW

第4回目のゲストは美しさもさることながら、アクティブで自立したライフスタイルもお手本にしたい杏子さんです。思いやりがあってとても繊細で、それでいて芯の強さがある、そんな杏子さんのアイデンティティって?今だから言える内緒の話を伺いました。

MY HERO’S INTERVIEW

Vol.1『BARBEE BOYS杏子と普段の自分。』

立河宜子(以下、立河):今日はよろしくお願いします。

杏子(以下杏子):なんかのりちゃんにインタビューして頂くの初めてなので、ビミョーに緊張しています。(笑)

立河:早速ですが、杏子さんがロックという音楽に目覚めたきっかけを改めて教えてください。

杏子:初めてJanis Joplin(ジャニスジョップリン)の声を聴いた時、みぞおちのあたりをドンっと打たれた感じでゾクゾクっとしたんですね。それが忘れられなくて。この感覚が私にとってのロックで。実は、なによりもサウンドが好きで始まったのかなぁ。
でもロックの歴史でいうと時代背景としては学校放棄、高校中退くらいしていないと格好がつかないっていうイメージがまだ残っていて、私たちの世代はロックっぽさを装っていなくちゃならなかった気がします。特に私は(笑) そこがずっとジレンマだった。
セックス・ドラッグ&ロックンロールというものをいろんな文献や映像などから知っていたので何かに対する反骨精神がロックなんだって感じだったの。体制に染まってちゃいけないとか。不良なんだゼ、とか。
だから私は大妻女子大学を出ていたことも言えなかったし、ましてOL(商社)勤めをしていたこともひた隠しにしていました。

立河:それはロックのイメージに自分を近づけたかったからですか?

杏子:近づけたかったし、BARBEE BOYS(バービーボーイズ)もそうだと思ってやっていたんだけど、よくよく周りの仲間を見てみると実はみんな育ちがよくて優等生だったり。『俺だってみんなに自慢できるような貧乏とか、とんでもない家に生まれたかったんだよ!』って言ってる銀行の頭取の息子がいたり(笑)

立河:あははははは!

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杏子:バンドブームだったから例えばテレビに出るときも、何かに対して不満があったり、戦うものがあったわけではないけれど、なぜか斜に構えてなきゃいけなくて。それもロックミュージシャンのスタイルである、みたいな体でいたから。実はその前のロック世代にコンプレックスがあったの。
多分ね、サウンドだけに共鳴してやっていればいいんだけど、THE ROLLING STONES(ローリングストーンズ)、Led Zeppelin(レッドツェッペリン)とかは、アメリカのツアー中にメチャクチャなことをやっていたらしい、そんな世代の生き方を伝記とか雑誌とかで読みあさるの。特に男の子達はそういうのに自分を重ねたいから真似て、無理くりホテルの窓からテレビを投げたりしてる人もいて。私はなんで投げてるんだろう?何に対して怒ってるんだろう?って(笑)
ローリングストーンズの真似なんだろうけど、私はそういうのハテナ?と思ってましたね。(笑)憧れのロックミュージシャンの行動をマネてこそ!ロックサウンドが生まれる!これがロックだって信じてやってたんだと思う。

立河:杏子さんはいつ頃音楽の路に進むことを決めたんですか?

杏子:大学の英文科に入って在学中、先生たちにこの連載のテーマでもあるアイデンティティーっていうものを持ちなさいって言われてたんだけど、将来何になるかなんて考えていなかったの。また1,2年生の教養課程は、狭山の田舎にあった寮暮らしで、それまでずっと共学だったのに大学に入ってから急に女子ばっかり、慣れない環境で私、どうなっちゃうんだろう?って悩んでた。その頃バンドを組んでいて、当時のボーイフレンドが美大生でね、そこの学園祭で歌ったの。
その美大生たるやみんなものすごくおしゃれで、全員がアーティスト、みたいな格好ですごく華やかなの。かたや私は日々ジャージで地味に暮らしていたわけですよ。(笑)そこに気後れしながらも歌った時に、学園内でもお洒落で有名なミツトメさんって女性に「アンタ、いいね」って。その一言をもらった時にあれ?認めてもらえた??って。少しだけど自分のアイデンティティなるものに出会えたかもしれないと思えた瞬間でした。

立河:その学園祭では何を歌ったんですか?

杏子:レゲエ!BOB MARLEYのNo Woman No Cryとか歌ったなぁ。
なかなかの大人数のステージだったのね。歌っている時、何とも言えない高揚感があってライブって楽しいって。その時初めていいね、って褒められて、それからライブを趣味でずっと続けたいと思ったの。

立河:それで大学卒業後はプロになろうと?

杏子:その時は全く考えていなかったなぁ。ただ趣味でやって行けたらいいなぁって。
バンド続けていくには両親を安心させないといけなかったから、幼稚園の先生をやっている友達と東京でルームシェアしながら商社に就職してOL勤めをしていました。
会社にはお弁当作って、2時間前の7時には出社して机を拭いて、お茶をだして。
ライブのある日には早退させてもらって。仕事は厳しいけど女子の先輩や同僚が優しく理解があり、じゃ、いってらっしゃいって。有給が足りなくなってくると今度は生理休暇とか使って。(笑)すごくいいバランスでOLもやりつつ、バンド活動もしていました。

立河:バービーの頃は女子大卒やOLの経験は隠してたんですよね?

杏子:うん。言える日が来てよかったなと思う。

立河:隠してるって辛かったですか?

杏子:うん。辛いと言うより、今思うと逆にもっと演じていればよかったなと思う。
常にステージでの杏子はイマサ(いまみちともたか)が書いてくれた歌詞に登場する強い女だけど、ステージ降りたら実は私は普通に常識のあるいい人なんですよ。(笑)それがバレないかな?ってビクビクしてた。普段もロッカーとして演じられてたらもっとエンジョイできてたのかもしれない。

立河:うーん。そこが杏子さんのいいところですよね。

杏子:今はね、そんな風に気負う必要ないと思うけど、その時にもっと腹をくくって出来ていればもっとこう弾けられたと言うか・・・
でもあとから周りに聞くと、腹をくくっているように見えてましたよ、って言われるの。まあじゃぁ、良しとしよう!って(笑)

立河:本当の自分とイメージする杏子にギャップを感じていると苦しいですよね。 でも本人の気持ちがどうかは別として、私たちには強い女に見えていたから成功じゃないですか。

杏子:そう?(笑)それはね、楽曲の素晴らしさだと思うの。イマサの歌詞のとおり、 さも私がオフステージでもそうやっているかのように強く作ってくれていたのよね。 今だから言える話だけどね。時間ってすごいよね。時間の経過があってこそ、自分で気がつくこととかあるの。

立河:ずっと昔の話ですけど、バービーが深夜TVの生放送に出演していて、激しいパフォーマンスが終わったあとのインタビューで、杏子さん時折、はにかんだりはするんですけど無口だったんですよ。(笑)

杏子:あーっ!あった!出来るだけ質問されないように下むいてた!(笑)5人でのインタビューの時は、インタビュアーの方と目が合うと質問されちゃうでしょ。そうすると普段のキャラクターがバレるから、ひたすら目をそらして無口でいる。
そうするとクールに見えたみたいで。(笑)それが功を奏してバービーボーイズの杏子としてはよかったのかもね。

取材/文 タチカワ ノリコ

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