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MY HERO’S INTERVIEW

GUEST プロフィール
岩城哲哉さん
1953年 東京都墨田区向島生まれ
1977年武蔵大学経済学部卒業。
新光紙器(現BEAMS)に入社。同社取締役を経て退社。1989年重松理氏らと共にユナイテッドアローズ設立に参画。2002年、東京証券取引所、市場第二部に株式を上場。取締役副社長、代表取締役社長を経て2012年、相談役となる。現在、株式会社ニュー・ビジョン代表取締役社長。
ホテル京都一軒町屋 さと居「鉄仙」が人気を呼ぶ。

http://www.satoihotel.com/index.html


岩城さんとは知人のご紹介を受け、以降公私ともにお世話になっています。スタイリッシュでいらしていつも飄々とし、物事に動じない。それでいて気さくに可笑しなお話をしてくださいます。ユナイテッドアローズというアパレルブランドをグローバル化させ、成功させた見事な手腕ながら持ち前の飄々としたキャラクターで常に次世代を見つめ様々な角度からチャレンジを続けていらっしゃる、岩城さんのアイデンティティに迫ります。

MY HERO’S INTERVIEW

Vol.1 ものを売るのはマッチングと連携が重要。

立河:今日は宜しくお願い致します。素敵なオフィスですね。ソファー全てがクロムハーツ!早速ですが今の岩城さんのお仕事は…?

岩城:ユナイテッドアローズ(以降アローズ)の相談役と資産管理会社の社長、レストラン、ホテルチェーンのオーナーです。京都の“鉄仙”2軒目がオープンして間もなく3軒目ができます。

立河:主にはオーナー業をされていらっしゃるんですね。変わらずお忙しいと思いますが今はどんなライフスタイルですか?

岩城:毎日会社には通っています。会社に顔を出してぷらぷら(笑)午前中は体調を崩している妻の世話があって午後に出社します。こちらに来ると投資案件、事業提案の検討、判断をしています。そのあとは飲みにでます。(笑)

立河:あはは。岩城さん、トレーニングもしていらっしゃるとか?

岩城:そうそう。ランニングをしています。自宅にパーソナルトレーナーに来てもらって週に2回、夫婦でコアトレーニングもしていますね。

立河:そして夜になると?

岩城:黄金のネギを背負って出かけていくんです。(笑)

立河:あはははは。冗談はさておき、ユナイテッドアローズの代表から現在は相談役になられたとのことで、相談役とはどんなお仕事をなさるんですか?

岩城:一回も相談されたことないんですよ。(笑)相談役ってね、過去に社長に就任した人が後に勤める“タイトル”なんです。顧問というのが社長をやっていない人のタイトルなんです。一般的にね。

立河:なるほど。

岩城:業績を見て勝手に行って見回りをして勝手に指導してるんです。

立河:岩城さん直々にですか?それはどんな指導をなさるんですか?

岩城:現場です。主に商品部の本部で商品計画などの実践です。お店というのは販売と商品部(本部)のコミニュケーション、マッチングがとても重要なんです。その連携の取り方、販売員から販売員のヘッド、店長、部長、商品部長、経営、僕は最前線からトップまで全ての仕事を経験してきました。

立河:お店の立ち上げ含め、岩城さんは全てを経験していらっしゃるんですね。

岩城:そう。ですから現場を直すのは僕しかできないんですよね。今の経営陣に言ってもどこをどう直すのか勘所がズレる。つまりアパレルの問屋と販売員の経験も踏まえた前提で商品計画を練るということが多分、僕しかできないんですね。

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立河:勉強になります。“ものを売る”というのはマッチング、連携が大事。具体的に岩城さんが実践されたのはどんなことですか?

岩城:クリエイティブな企画はできないよ。それはまた違う領域だからね。ものを売るのはお客様をよく見るってことですね。

立河:以前、岩城さんは店をどこに構えていようと、お客様は欲しいものを求めてそこまでやってくる。お店の立地が集客するための最も重要な条件ではないとお話してくださいました。“お客様を見る”とは来店された方の好みを観察する、そういった意味ですか?

岩城:それも当然ありますが、“世間の流れ”です。ラグジュアリーブランドも一般社会の動きをちゃんと見ないといけませんよね。

立河:社会情勢なども含め?

岩城:そうです。例えば次の流行りの傾向を“ソーシャルストリーム”をすることで予想し、2年〜2年半ほどのスパンで商品化していきます。今シーズンこれが流行ったから来シーズンはこれがくるかな?という表面的な部分、それはそれで大事ですが、もっとベースの部分の流れを分析しておかないといけません。

立河:なるほど。一般社会の動きを“見る”という視野の広さや情報収集が大事なんですね。

岩城:今は“日本の匠”の時代が来ています。それは日本人ならではの真面目にコツコツと繊細な手仕事で作っていくものです。日本で作られる生地もグローバル化され海外のラグジュアリーブランドが買い付けに来るほどです。

立河:それは日本人として嬉しいことですね。日本の技術が世界的に認められニーズがある。

岩城:多くの日本のアパレルは値段だけを考えているから、なかなかそこまではできていないのかな。流行りというものは繰り返されていくんです。

立河:こうして分析をされているから岩城さんはグローバルにご活躍できるんですね。もう少し、現場でのお話をお聞かせください。岩城さんはお客様のスタイリングもしていらしたんですか?

岩城:販売員だった頃は亡くなられた高倉健さんや加藤和彦さんなどのスタイリングアドバイスもしていました。今も岩城滉一さんのスタイリングはしています。

立河:素敵な方ばかり。そういった方々はどんなきっかけでお店にいらしたんですか?

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岩城:高倉健さんは僕がBEAMSをやっていた‘77頃から、‘83頃までよくいらしてました。パレフランスというラグジュアリーブランドが入っているビルがあってそこにいつもいらしていて、たまたま駐車場が入れなくてUターンして車を停めた目の前がBEAMSだったんです。そこの街路樹に目印で革ジャンを下げていたんですが、それを見てお店に入ってこられたんです。

立河:その革ジャンを目印にするアイディアは岩城さんですか?

岩城:僕と重松さんだよね。BEAMSの1号店は目立たない場所で全然人が入ってきませんでした。だから毎日日替わりでピーコートや革ジャンなどを下げて、奥にこういうのがありますよって目印にしてました。

立河:なるほど。一工夫ですね。こういった工夫も“お客様を見る”という事につながるのでしょうね。

岩城:それで、「これは君のところで売ってるの?」って言って入ってこられたんです。

取材/文 タチカワ ノリコ
Photo 北杜 薫

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To be continue Vol.2

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